●創刊号(1996/11/25)――【8面】◆漢方医学の基礎知識
「漢方医学」の特徴


患者の「心身全体」を把握し、「病気」ではなく「病人」を治す

1.中国古代医学の古典書物
「黄帝内経(こうていだいけい)」
「神農本草経(しんのうほんぞうきょう)」
「傷寒雑病論(しょうかんざつびょうろん)」
「傷寒論(しょうかんろん)」
「金匱要略(きんきようりゃく)」


2.漢方医学の歩み















注1)上薬
生命を養うもので、長期間使用して徐々に体質を強化するもの。他の薬による副作用をも軽減する。甘草(かんぞう)や大棗(たいそう)などが代表例。

注2)中薬
病気を治し、元気を回復させる薬。少量か適正期間であれば毎日服用できる。葛根(かっこん)や麻黄(まおう)など。

注3)下薬
病気を治す作用は強いが、副作用も出やすい。摂取量や摂取期間を十分に注意しなければならない。附子(ぶし)、大黄(だいおう)など。

注4)痙湿渇
痙(けい)は硬直すること(痙攣)、湿(しつ)は病気の原因の1つ湿邪(しつじゃ)のこと。渇は体内水分の足りない状態。



line.gif  弊紙では、「患者の心身全体の状態を把握したうえで、患者自身の不快な不健康状態を改善する治療」に関する医学を「漢方医学」と考える。その「漢方医学」の基礎知識について、少しづつ学んでいきたい。
(中村 斉)




1.歴史

1.中国古代医学の古典書物
 漢方医学のルーツは、中国古代医学からはじまる。現存する最古の古典は、「黄帝内経(こうていだいけい)」「神農本草経(しんのうほんぞうきょう)」「傷寒雑病論(しょうかんざつびょうろん)」の3つ。



「黄帝内経(こうていだいけい)」
 前漢時代(紀元前202〜紀元後8)に著されたが、一時散逸し、後にまとめ直されたものが現在に伝えられている。医学理論が書かれた「素問(そもん)」と、その理論に基づく針灸治療法がまとめられた「霊枢(れいすう)」の、2部構成となっている。



「神農本草経(しんのうほんぞうきょう)」
 後漢時代(紀元25〜220)に成立。当時の薬物についての知識が集大成されている。全部で365品目の薬物を、上薬(注1)120種、中薬(注2)120種、下薬(注3)125種に分類し、解説されている。



「傷寒雑病論(しょうかんざつびょうろん)」
 後漢末期(紀元200年頃)、長江流域の長沙という町の太守「張仲景(ちょうちゅうけい)」によって著されたといわれる。後に晋の王叔和(おうしゅくわ)によって、「傷寒論(しょうかんろん)」と「金匱要略(きんきようりゃく)」の2書に分離再編されたと伝えられている。



▼「傷寒論で説明する6病期」(病気が外部から体内へ侵入する度合に応じて病期を分類している)


「傷寒論(しょうかんろん)」
 病気の状態の変化にしたがって、「太陽病」「少陽病」「陽明病」「太陰病」「少陰病」「厥陰病」の6病期に分け(右上図参照)、各々の症状とそれに対する127処方を解説している。漢方医学の基本の中の基本書とされる。



「金匱要略(きんきようりゃく)」
 「痙湿渇(注4)(けいしつかつ)の病」から「婦人病」に至る21種の疾患を取り上げ、87処方を解説している。





2.漢方医学の歩み

●紀元前200〜紀元200年頃
漢民族により漢代に体系化され、古典文献がまとめられる。

●600〜700年 唐代、隋代に遣唐使、遣隋使らによって本格的に日本に伝来する。

●1300〜1700年 江戸期に従来の和法と融合して「東洋医学」として確立する。

●1800〜1900年 明治期に西洋医学が続々と持ち込まれ、「漢方医学」は徐々に衰退。

●1883(明治16)年 西洋医学を学んだ者のみを医師とする規則が布告され、従来の「漢方医」の存続の道が絶たれる。衰退の一途へ。

●1910(明治43)年 和田啓十朗氏が「医界の鉄槌」を著し、西洋医学一辺倒の医療に警鐘を鳴らし、再び漢方医学が復権しはじめる。

●1934(昭和9)年 日本漢方医学会が結成され、日本の漢方医界の中心勢力となり活躍。

●1950(昭和25)年 日本における漢方医学の研究団体、日本東洋医学会が結成される。

●1955(昭和30)年頃〜 世界的に「東洋医学」が注目されはじめ、日本でも研究熱が高まる。

●1972(昭和47)年 日中国交正常化により、漢方研究者たちの往来も可能になり、脚光を浴びはじめる。

●1976(昭和51)年〜 薬価基準に収載され、健康保険の適用を受ける漢方製剤が登場。さらに近年、自然派志向、抗生物質の副作用の問題などが表面化し、改めて漢方が見直され、一種の漢方ブームといえる状況になった。

●1994(平成6)年〜 漢方製剤の使用頻度が増加し、「漢方薬は副作用が少ない」という間違った意識が広がった。小柴胡湯による副作用で間質性肺炎が報告され、平成6年1月にインターフェロンとの併用が禁忌となった。また、使用上の注意に警告欄が追加になるなど、「小柴胡湯」の副作用が重要問題化している現在、漢方製剤の正しい取扱いと漢方医学の正しい知識の普及について、改めて見直しがはかられている。





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