●第5号(1997/3/25)――【1面】(1)
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「かかりつけ医師」「かかりつけ薬剤師」と「独居高齢患者」を―訪問伝達員(医療ボランティア)―が、橋渡し。
1997年現在、日本では65歳以上の高齢者が、全人口の約15%を占めている。このまま推移すると、2020年、この数字は約25%にも膨らむ。 つまり23年後は、国民の4人に1人が65歳以上の高齢者となる。 世界に類のない急速な高齢化社会に直面し、かつ「国民医療費」は毎年1兆円ずつ増加。2000年には「介護保険」が導入され、頼りの「国民年金」も不安だらけ。前途多難の中で、果たして私たちは何をどうしていけばよいのだろうか。 いま、「世の中が自分に何をしてくれるのか」を待つのではなく、「自分が世の中に何をできるのか」を模索することが、求められている。…誰のためでもない、「自分の未来のため」に…。 (中村 斉) 「生きがい」で「健康長生き」 日本の最長寿県の沖縄県。なかでも長寿村として知られる大宜味村(村全体の27.4%が高齢者)へ、健康長寿の秘訣を取材しに行ったことがある。この村では、106歳のおばあちゃんがハブ(毒蛇)を「はえたたき」で一喝して退治し、95歳のおじいちゃんは、毎日、畑に出て汗を流していた。 「おじいさんは何も特別なことをしているわけじゃない。いつものように普通に畑仕事して、普通に暮らしているだけ。長寿の秘訣なんて、何もない。頼みますから、取材はしないでくださいね」と家族の人にきっぱりいわれたことが、いまでも深く印象に残っている。 人々は長老を尊敬し、こうした当たり前の普通の生活を温かく見守る。もちろん、ごく普通に、困ったらお互いが助け合い、「持ちつ持たれつの関係」は自然にできている。 日本は広い。ほかにもすでに高齢者人口が25%を超える地域が多数ある。 「過疎高齢化」と称して、まるで悲惨な状態を思い浮かべる人も多いようだが、実際に訪ねてみるとそうでもない。過疎化しているからこそ、高齢化しているからこそ、人々は工夫する。相互協力の関係が出来上がり、毎日の生活のなかで「楽しみ」を見つけ、充実した日々を送っているのだ。 むしろ、恐ろしいのは、隣人が死んで1年間も気付かないような、都会生活者だ。人が多すぎる都会生活のなかでの「独居生活者」は、高齢者に限らずとても「孤立」している。そこには、尊敬とか、「持ちつ持たれつの関係」などまるで無縁の世界だ…。 つまり、高齢者が国民の4人に1人になることが恐いのではなく、「孤立した独居高齢者(弱者)」の増加こそが、要介護者増大・高齢者医療費増大に直結する最大の問題点といえる。 裏を返せば、「独居高齢者(弱者)」を見守る仕組みができ、かつ、高齢者の「生きがい」が見出せたならば、これから迎える「高齢化社会」も決して恐くないということ。 そこで、弊社では、ひとつの「試み」を提案することにした。「新聞社が提案するなどもってのほか」とお叱りを受けることを覚悟の上で、理屈ではなく、たった今、即座に実行できそうなことを考えてみた。 仮に『訪問伝達員』という、その地域の「かかりつけ医師」と「かかりつけ薬局」と「患者」とを橋渡しをする医療ボランティアがいたとしよう。 例えば、月に1度A医院に通う一人暮らしのBさん宅に、『訪問伝達員』Cさんが訪問(毎週月曜日と決めている)し、「問診回答票」を回収。CさんはA医院にそれを届ける。回答票を見たA医師は、「咳は出ていなかったかい?」とCさんに尋ね、Cさんは「10分くらい話しましたが、1度も咳はしませんでした」と報告。「なら、大丈夫。どうもありがとう」とA医師。新しい問診票をCさんに手渡し、別れる。 Cさんはその足で、D薬局に通うSさん宅を訪問し、「伝達票」を回収。Sさんはその日、咳が激しく、その様子をCさんはD薬剤師に報告。D薬剤師は、A医師に連絡をとり、3時間後、D薬剤師とA医師、そしてCさんの3人が、Sさん宅に向かう。…といった具合だ。(8・9面につづく) |