監 訳 の 辞


 今から30年ほど前の1968年の夏、香港や台湾で生薬、薬用植物の調査をしていた頃、夕食に薬臭いスープをだされたことがある。聞いてみると、「四物湯」を主材にしたチキンスープであった。「四物湯」は、当帰、川弓、地黄、芍薬の四味を配合した漢方処方で、婦人病の聖薬とされているが、中国の南の方では、暑い夏や寒い冬を過ごした後、体力が落ちたときに、このような補益の薬を主材にしたスープを作って体力の恢復をはかるのだそうだ。 これを「薬膳」と称すると聞いたのが、薬膳に関する最初の出会いであった。

 その後、1970年に陳東達、陳栄千代共著『漢方薬の料理』、1971年に『医者いらずの漢方料理』(共に柴田書店)が出版された。また文化出版局から蔡一藩著『台所の漢方』(1971年)が出版されている。丁度この時期は漢方医学や漢方薬が復興し始めた頃であったが、まだ薬膳の普及には至らなかった。

 薬膳は、元気で長生きしたいという人類の願望から生まれた中国独特の料理で、長い歴史を持つ中国の食文化の一つである。さらに詳しくいうと、強壮、強精、老化予防、さらには病気の予防と治療を目的として、中国医薬学の理論に基づき、漢薬やその他食効価値のある食材を何種類か配合して調理した色、香、味、形の完成された美味しい料理のことである。

 「薬膳」という言葉が、中国でいつ頃から使われだしたかは定かではない。清朝の頃は、皇帝のための宮廷料理だったという説がある。ただ正式なものではないにせよ、庶民もまた漢薬入りの料理を作って季節の変わり目に食べ、体力をつける習慣があったようである。大戦後1949年に中華人民共和国が成立し、文革の嵐が去り、中国民衆の生活が落ち着きだした1980年頃、四川省成都市の漢薬店である同仁堂滋補薬店の支配人曽声揚氏が、古来の食療の書物を種々研究して,漢方スタミナ料理の店をオープンした。これが世界最初の薬膳店といえよう。この時、私の老朋友である成都の薬材公司の彭銘泉氏もこの事業に参画している。彰銘泉氏は『中国薬膳学』(人民衛生出版社,1985)、『大衆薬膳』(四川科学技術出版社,1985)、『中国薬膳』(上海文化出版社,1986),『中国薬膳大全』(四川科学技術出版社,1987)など薬膳に関する多くの著書を出版している。

 ところで、近年日本は高齢化社会が定着し、それと同時に高齢者の難病が増加し、健康保険の支払いが国家予算を圧迫しだしている。その対策としては、いかに病気にならない身体づくりをするかが、大きな研究課題となってきた。 明治以来、日本の医療は西洋化が進み、病気の治療一辺倒で、治療薬は認められているが、未だに予防薬は認められていない。古来中国医学は、人体に免疫力をつけ病気に罹り難い「未病医学」を目指して発展してきた。その最大の観点が、食で未病状態を保とうという食文化である。

 中国では、既に3000年前の周代の『周礼』の中に「食医、疾医(内科)、傷医(外科)、獣医」の制度があり、食物で病気を予防もしくは治療する医師が名医であるとされていた。 また後漢の頃、張仲景の『金匱要略』には「上工は未病を治す」とあり、中国医学の古典『黄帝内経素問』の「四気調補大論」には「聖人は己に病むを治せずして、未だ病まざるを治す」と記している。これは食養を述べたものである。唐代の孫思繝の『備急千金要方』の第26巻「食治編」には「医者は、病の源をよく把握すべきであり、犯された場所に応じて食物で治療せよ。食療で治らなかった場合には薬を用いよ」とも記している。この文章は食療を述べたものである。このように薬膳は「食養」と「食療」に分けられるが、いずれにせよ古代中国では「食と薬」を一体として捉え、食と健康の問題を重視してきたのである。近年の「医食同源」とか「薬食同源」という「薬物と食物はその源が一つである」という考え方は、古代から東洋の食文化の一つの思想として存在していたのである。

 1985年(昭和60年)頃から、今まで培ってきた「薬食同源」の考え方を実践するため、富山で「健康薬膳友の会(現在の薬膳食文化研究会)」を組織し、薬膳の会食会を開催してきた。 この運動がNHKに採りあげられ、薬膳会の模様が1986年(昭和61年)1月9日、ニュースセンター9時(NC9)で全国一斉に放映された。 この時の題名は「和漢薬料理・チャレンジ '96」であったが、その中でこういった料理を「薬膳」と言うと、紹介させていただいた。これが「薬膳」普及の草分けになったといえよう。 ただ「薬膳」が普及するにつれ、最近「薬膳」まがいの料理が出はじめたようである。 「薬膳」と「薬草料理」は根本的に異なっている。「薬膳」は先にも述べたように、中国医薬学の理論と思想の上に成り立った、健康を志向して調理したものであるから、その組合せが重要である。漢方処方にしても薬膳にしても、用いる漢薬と食材の組合せが正しくなければ良好な効果を発揮することができないばかりか、却ってマイナスの作用をする場合がある。 薬膳料理を作るときには、この点をよく理解して調理していただきたいものである。

 薬膳を普及するために、1988年(昭和63年)に『薬膳入門』(保育社・カラーブックス)を出版して以来、『家庭でつくれる薬膳』(主婦と生活社,1989年)、『とやまの「薬膳」料理』(北日本新聞社,1995年)を出版してきた。是非、参考にしていただきたいものと思っている。

ところで此度、株式会社エム・イー・ケイから、王者悦主編『中国薬膳大辞典』(大連出版社,1992年6月)の日本語訳出版の相談を受けた。この書物の特別顧問に名を連ねている彭銘泉、翁維健氏は私の老朋友である。 翁維健氏は北京中医薬大学教授で、薬膳普及の初期の頃、『薬膳食譜集錦』(人民衛生出版社,1982)を出版しておられ、また彭銘泉氏と薬膳に関する共著をもされている方である。その他何名か私の知人が編集委員や顧問として名を連ねておられる。総監修をお引き受けし、薬膳原料の翻訳と文献、人物、名詞術語の翻訳の補訳を行うことにした。
薬膳方は中国薬膳料理店『星福』の薬膳アドバイザーである謝敏ー氏をはじめ薬膳及び漢方医学に精通された編纂委員の方々が担当された。

 何しろ中文原典総ページ数633ページ、字数約167万字という膨大な大辞典である。薬膳に関する文献168部、人物71名、薬膳原料1232品、料理に関する名詞術語274(一般、25;炮炎、64;烹調、185)、薬膳方7377方(@益気健脾、718方;A補血養営、284方;B気血双補、505方;C滋陰生津、631方;D助陽健身、490方;E安神益智、290方;F開胃消食、237方;G温裏散寒、297方;H理気止痛、185方;I活血化頡、258方;J平肝熄風、174方;K解表散邪、202方;L跪痰止咳、377方;M清熱解毒、1256方;N跪風除湿、457方;O利水退腫、254方;P潤腸通便、113方;Qその他、649方)に上る正に薬膳のバイブル的書物である。その翻訳作業には、大変な時間と労力を要したものと思われる。私が担当した部分だけでも半年以上の時間を費やした。ただ惜しむらくは薬膳原料の図や、薬膳方の写真がない。将来は、この薬膳処方で料理を作り、カラー写真で紹介できれば、より役立つものになろうかと思っているが、それには相当の時間と費用がかかるであろう。今後、中国唐代以降の薬膳文献の日本語翻訳と共に、成すべき仕事の一つと思っている。

最後に、このような大部の書物の翻訳出版に情熱を燃やされ、完成された、株式会社エム・イー・ケイの鴨崎伸男社長に敬意を表する次第である。

1997年6月吉日

富山医科薬科大学名誉教授
中国薬科大学、南京中医薬大学
成都中医薬大学、湖北中医学院名誉教授

難 波 恒 雄

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